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2011年9月 3日 (土)

台風

来るか来るかと思いながら、なかなか来ないので、今日は色々外の用をすませることにして、自転車であちこちしてました。
あまり遅くならないうちにと、買い物をすませ、重くはないけどかさばる戦利品を玄関にほおりこんで、郵便局と銀行だけ行っておこうと、欲を出しました。
いつになく手早く、ATMを操作し、集団下校する近くの小学校の生徒たちの列を見ながら、せっかく出たのだから、本屋もちょっとのぞくかななどと色気を出しかけたところに、大粒の雨がまばらに降ってきました。
「ここまでか。」とあきらめて、まだ大した降りではないと、ちょっと甘く見たのが誤算でした。
駅から踏切を抜けてポストの角を曲がると、しばし見通しの良い一本道。
その手前でだんだん雨粒が大きくなり、「待てよ、ここでちょっと、止まって荷物をビニール袋でくるもうか…」とちらっとは思ったのです。
しかし、まあなんとかなるかと、角を曲がり、加速するために、顔をあげた途端に、失敗した事に気がつきました。
人っ子一人通らない、気持ち広めの明るい一本道のアスファルトを黒々と塗りつぶしながら、真っ白なカーテンのような雨が遠くからやってくるのが見えました、煙を上げながら。
空は不思議なほどに明るくて、「あそこに入って行くのか~、うそ~ん」と思いながら、もうすべもなく、「降参~~~~」と両手を上げるような気持ちで、でもなんだか笑っちゃうような気持ちでどっさり雨をかぶりました。
「雨に合っちゃうかなあ。」と思いながら出かけて、「大丈夫かな?」と思いながら帰る時、かならずどっさり降るような気がします。
被害は、市役所からもらってきた書類がぶわぶわになったくらいですみましたが、帰りついて、ひきはがすようにびっしょびしょになった服を着替えたら、からっと晴れたのには、少々腹が立ちました。
ちょっと厚めのバスタオルをベランダの手すりに干してあったのが、いかにも一度かなり乾いたのに今の雨をたっぷりあびちゃいましたと言う感じにぬれていたのも、かなりいまいましかったですが、すっごい雨にあった後は、必ず人に喋りたくなります。
夜、家族がそろった時、みんなそれぞれ、「自分が出会った大変な降り」の話をしていました。

雨をともなう風がどんどん強くなってきました。
小さな頃海の近い川のそばに住んでいて、何度となく水害に合ってきた母は、こういう天気の日は眠れないのだとよく話していました。
そんな母が家を買う時、たったひとつつけた条件が、「水のつかない土地」ということでした。
で、実家は恐ろしく坂の多い、山を開いた新興住宅地(だった。今は新興ではない)にございます。
家を出るとすぐに坂。
雨ともなると家の前の側溝は、さらに上の方に降る雨を集めて滝のようになります。
そこに長靴ごと足を突っ込んで持ってかれそうになるのをずいぶん楽しんだものです。
ずぶぬれになって帰るとすごい勢いで怒られました。
曰く、水をなめるなと言う事でした。
小さな流れに足を突っ込むと言う事は、もう少し大きな用水の流れにだって足を入れるかもしれない、そんな子供の不用意さを恐れてのことだったと思いますが、当時はなに言ってるんだろうと言うくらいの気持ちでした。
今子どもらが同じ事をしたら、やはり青くなって怒る事と思います。
大体、ばっちいよなあ、どぶに足を突っ込んじゃ。

今のところは、私の住んでいるこの場所では、明日も降るなら、息子の部活のために弁当を作らなくて済むが、どうだろうかという位の心配しかないのですが(ゴミバケツが飛んじゃうなとか)、大変な被害が心配されている地方がたくさんあります。
今は水がつく心配だけはしなくてすむ坂の上の家で(その代わり風は強いけれど)、母はやはり眠れないでいるのかなとも思います。
早く台風が過ぎ去る事を祈り、明日のお弁当を作るつもりで、準備してから寝ようと思います。
肉はぱさぱさじゃなくちゃと言う、変な息子のために、鶏のささみを冷凍庫からうつさなきゃ。

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