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2012年6月22日 (金)

「どうですか、そちらは?」

私の、今年喜寿を迎えた父親が、電話をかけてくるといつも「どうですか、そちらは?」と聞く。
いい年をしていても、かわいくない娘は「どうですかって何がですか。」と愛想のない返事をする。
父は「わはははは、元気ですか、皆さん。」とやはり、会話が広がりそうにない質問にいいかえる。
そこでまた、とりつく島もない事を言うほどに余裕のない生活をしているわけではないので、子どもたちの近況や、夫の太った話などをあれこれ話しだすと、そこそこ話がはずむ。
最初から、そうして色々話せばいいのだが、どうしても、「どうですかって何がですか?」と、言い返したくなるのが、ちょっとだけ意地悪だなあと自分でも思う。
先日、お風呂を掃除していたら、ふと、もし父が(もしというか、いつか)この世からいなくなってしまったら、きっと私は、あの「どうですか?そちらは。」と言う声と、「わはははは、元気ですか?」までの一連の流れを、折に触れ思い出すのだろうな、そんな時はひょっとしたら、涙なんかもちょっと出ちゃったりするのかもしれないな、などと考えた。
そんな事を考えていてもやっぱり、次にまた「どうですか?」と聞かれたら、「どうですかって何がですか?」と答えるのだろうなと思う。
その後は、先のアメトークの広島カープ芸人の回を見たかどうか訊いてみよう。
見ていなかったら、DVDに焼いて送ってあげよう。
うちは祖父の代から私の息子まで、4代続くカープファンである。
以前、ママ友達に「思春期の頃はちょっと反抗期だったからか、一時期巨人ファンになった事がある。」と言ったら、「何に対する反抗なのよ。」と呆れられた。

高校生の時、とても仲の良かった友人がいた。
何の時だったか、私たちは待ち合わせをしていた。
多分彼女が遅れてきたのだと思う。
(反対だったかな?)
待っていた私は、ふいに彼女が、何か事故などに巻き込まれてこれなくなる事を想像して、ドキドキした。
思春期特有の熱に浮かされたような友情に支配されていた私は(相手の彼女はもう少し冷静だったと思うが)、「私が、どんなに彼女の事をいつも思っていたとしても、今、彼女がどうしているかわからない。彼女がもし万が一、この瞬間にしんでしまったとしても、私にはその事を知るすべがないのだ…。」と考えたら、どーーーーっと涙が出てきてしまったのだ。
「やっべーーー、絶対なっちゃん(私は若い頃はなっちゃんであった)怒ってる…」と、ハアハア息を切らしながらやってきたお友達は、私がうるうるきてるので、心底驚いたと思う。
私が、これこれこういうわけでと、説明すると、感動にうちふるえるかと思いきや、「何ひとのこと勝手に殺してるのよ。」と怒っていた。
「女優さんとかも死ぬ役をやったりすると、反対に長生きするとか言って、縁起がいい事みたいだから、気にする事はないよ。」と、私も平気で言っていたのだから、のんきにつける薬はないな、という平和な話である。
そんなつれない彼女であったわけだが、高校を卒業して東京の大学に進学する私に、めずらしく、ミュージックテープを作ってくれた。
(私が10代~20代の頃は、LPとか、CDから、テープに録音して、ラジカセとかウォークマンとかで聴いていたのだ、音楽を。お友達同士とか、男の子が好きな女の子とかに、自分の好きな曲ばかりを集めてミュージックテープを作ってあげたりする文化があったのだ。)
ビリージョエルのアップタウンガールとサザンのハッピーバースデイとあとユーミンとか入れてくれていたと思うのだが、最後の曲がさだまさしの「主人公」だったのを良く憶えている。
なぜそんな事を急に思い出したかと言うと、明日のミュージックフェアがさだまさし特集で、私のひいきのバンドのボーカルが、さだまさしとその歌をコラボレーションするということを聞き及んだからである。
もちろん今も元気で、うちの息子より一つ年上の(下の子も一つ上)女の子を育てており、会うと先輩ママ風を吹かせる彼女に、懐かしくなってメールを送ったが、相変わらずつれないので、返事はまだない。


祖父が亡くなった時、もう80も過ぎていたので、深刻になる葬儀でもなく、まだ小さい子供二人を連れていた私は、久しぶりに会う親戚と近況を話したり、子どもに何か飲ませたり、静かにさせたりに忙しく、悲しんでる暇はない感じであった。
ただ、最後の別れの時に、祖父の胸の上に広島カープの帽子が置かれているのを見て、たまらなくなって、はらはらと泣いてしまった。
広島カープは、直接祖父の笑顔とつながっているからである。

数年前の事だが、以前お世話になった、私と同世代の人が亡くなった。
その時、葬儀の会場で彼女がとても好きだった某男性アイドルグループの、とても流行った歌が流れていた。
集まる人々の、つらそうな顔に不似合いな明るい歌は、本当にきれいな死に顔とともに、その人の笑顔に直結し、たまらない気持ちになった。

変な口癖や、なんでそんなに好きなんだかと思う大好きなものや、どうでもいいようなエピソードが、直接感情に訴えかけて、古い記憶を掘り起こし、ひどくゆさぶられることがある。
妄想力の強い私は、認知症にでもなったら、どうしてそことそこが結び付く!?という記憶の結びつき方をたくさんして、周りを混乱させるかもしれない。
今のうちにたくさん話をして、おかしい事ばかり言って、周りを慣れさせよう。

……おかしいな。
そういう結論になるはずじゃなかった気がするんだけど。

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